PSEの流動性の低さに気づいたのは、データを調べたからではない。マカティでの実生活の中で、フィリピン社会の貧富の差を肌で感じるようになったからだ。
現地で友人になったフィリピン人たちは、決して貧しい人たちではなかった。それでも「株式投資」という話題を出すと、ほとんどの人が自分とは関係のない世界の話として受け取った。株を買うのはお金持ちだけがすること、という認識が当たり前のようにあった。フィリピンは貧富の差が非常に大きく、中間層でさえ株式市場に参加するという発想がない人が多い。富裕層と呼ばれるごく一部の人たちだけが投資をしている、という現実をそうした友人たちとの会話の中で少しずつ理解していった。
株式市場の流動性は、その国に投資できる人口の数に比例する。フィリピンでは株を買える人が根本的に少ない。それがPSEの流動性の低さの本質だと、現地で生活しながら感じた。
フィリピン株の流動性が低い本当の理由|現地投資家との会話で気づいたこと
はじめに
フィリピンのGDPは高い成長率を維持している。2010年代からASEAN有数の高成長経済として注目を集め、外資企業の参入も相次いだ。それなのにPSE(フィリピン証券取引所)の株式市場は流動性が低い。売買高は薄く、個別銘柄の値動きは鈍く、長期保有していても株価がほとんど動かない銘柄が多い。
自分は2013年からPSEへの投資を続けてきた。マカティに7年以上住み、BPI Tradeを通じて個別株6銘柄とUITF(フィリピンの投資信託)を保有してきた実体験者の立場から書いている。SHLPH、CHP、その他の銘柄を通じて、フィリピン株の流動性の薄さを肌で感じ続けてきた。
保有銘柄の株価が動かない日々の中で、「なぜこの市場はこれほど動きが鈍いのか」という問いを持ち続けてきた。データを調べ、現地の人と話し、少しずつ見えてきた答えは「市場参加者の構造的な問題」だった。
きっかけは現地投資家との会話
マカティに住んでいた頃、現地のフィリピン人投資家と話す機会があった。BGCや市内のカフェで知り合ったビジネスパーソンたちが相手だ。外資系企業に勤めるエリート、BPO産業の管理職、不動産業を営む富裕層といった人たちで、いずれも株式投資の経験があった。
ある日、「なぜフィリピン株はこんなに動きが鈍いのか、売買高が少ないのか」と率直に聞いてみた。返ってきた答えはシンプルだった。「そもそも普通のフィリピン人は株なんてやらない。銀行口座すら持っていない人が大勢いるのに、証券口座を持つなんて話にならない」というものだった。
その言葉が引っかかった。フィリピン経済の成長の話題はあちこちで聞くのに、その成長が株式市場を通じて広く共有されていない。現地の人たちに株式投資を薦めてみると、「リスクが高そう」「難しそう」「お金持ちがやること」という反応が返ってくることが多かった。株式投資はフィリピン社会の中で、ごく一部の層のものとして位置づけられていた。
なぜそういう状況になっているのか。データを追っていくと、構造的な理由が見えてきた。
データで見るフィリピン株式市場の実態
銀行口座保有率
世界銀行の2025年レポートによると、2024年時点でフィリピン成人の50.2%しか金融口座を持っていない。日本の口座保有率が98%超、タイでも90%超であることと比べると、フィリピンの金融インフラがいかに限られた層にしか届いていないかがわかる。
株式投資以前の問題として、半数近くの成人が銀行口座を持っていないという現実がある。銀行口座のない人が証券口座を持つことはできない。市場参加者の母数が、構造的に狭く絞られている。
証券口座保有者数
PSEの2024年データによると、証券口座数は286万口座。フィリピンの人口約1億1,500万人に対して、株式投資をしている人はわずか約2.5%だ。
日本では個人の証券口座保有率が20%を超えており、米国に至っては成人の50%以上が何らかの株式投資をしているとされる。タイやマレーシアでも個人投資家の比率はフィリピンより高い。フィリピンの2.5%という数字がいかに小さいかがわかる。
取引構造の歪み
最も象徴的なデータがある。リテール投資家が口座数の98.9%を占めているにもかかわらず、取引金額全体のわずか16%しか担っていない。残りの約80%の取引量は機関投資家・外国人投資家が占めている。
つまり、フィリピン株の取引の大半は個人投資家ではなく、外部の大きなプレイヤーが動かしているということだ。個人投資家の参加が極めて薄い市場では、売買需給が偏り、流動性が構造的に低くなる。外国人機関投資家が引き揚げると取引量が一気に縮小するという脆弱な構造が、この数字に表れている。
フィリピンの社会ヒエラルキーと株式市場
分厚い中間層がない
日本や米国では、分厚い中間層が株式市場を支えている。NISAや401kといった個人投資家向けの優遇税制も普及しており、一般市民が株式市場に参加する文化が長年かけて育ってきた。
フィリピンには、この「分厚い中間層」が育ちにくい構造がある。富裕層と貧困層の格差は依然として大きく、BPO産業などが一定の中間層を生み出しているものの、株式投資を日常的に行う層はまだ限られている。現地で話を聞いた限り、一般のフィリピン人が株について口にするときの言葉は「リスクが高い」「損をしそう」「お金持ちがやること」というものが多かった。金融リテラシー教育の普及も十分ではなく、投資への心理的ハードルは高い。
財閥支配という構造
PSEの時価総額上位を見ると、Ayala、SM、JG Summit、Manny Villarといった財閥系グループに属する企業が並ぶ。フィリピン経済は少数の財閥グループによって大きく支配されており、株式市場もその延長線上にある。
財閥系企業の株式は相対的に安定している一方で、オーナー一族や関連法人が大量保有しているため、個人投資家が売買できる浮動株(フリーフロート)が少ない。流動性の低さは、こうした持ち合い・集中保有の構造とも深く連動している。
情報の非対称性も課題の一つだ。財閥企業に関する情報は、関係者と一般投資家の間で対称に流通しているとは言いにくく、個人投資家が不利な立場に置かれやすい構造がある。
外国人投資家から見たフィリピン株
PSEにおける取引の相当部分を外国人投資家が担っているが、業種によっては外国人の株式保有に法的な制限がある。メディア・通信・公共ユーティリティ・土地所有を伴う事業などでは、外国人保有比率の上限が定められており、投資対象として選びにくい銘柄が多い。
PSEiの構成銘柄は30銘柄と少なく、インデックスファンドやETFの選択肢も限られている。海外から参加したい機関投資家にとって、フィリピン株式市場は必ずしもアクセスしやすい市場ではない。
外国人投資家の取引比率が高いということは、国際的な資金フローの影響を受けやすいということでもある。グローバルな市場リスクが高まると、外国人投資家が一斉に資金を引き揚げ、PSEが急落するという構図が過去に繰り返されてきた。個人投資家が少ない市場では、この急落を吸収するバッファーとなる国内需要が薄い。
GDP成長と株式市場拡大は別の話
フィリピンのGDP成長は本物だ。しかしその成長の恩恵は主に富裕層・財閥グループに集中しており、一般市民が株式市場を通じて成長に参加する構造が十分に整っていない。
経済成長と株式市場の拡大は必ずしも連動しない。GDPが伸びていても、その成長を株式市場が広く反映しなければ、個人投資家にとっての利益機会は限られる。フィリピンはこの構造的なギャップが特に大きい市場だと、10年以上の保有を通じて感じてきた。
それでもPSEに投資し続ける理由
フィリピン経済の成長ポテンシャルは本物だと思っている。若い人口構成、BPO産業の拡大、海外労働者(OFW)からの送金、増加するモール・不動産開発、デジタル金融インフラの整備。こうした実需の積み上がりは、長期的に見れば経済の底上げにつながる。
流動性の低さを理解した上で、長期保有を前提とした投資判断であれば、フィリピン株には意味のある選択肢があると考えている。UITFのようなインデックス型の運用手段は、個別株の流動性リスクを分散する上で有効だ。
ただし「流動性が低い市場で売り時を逃すと売れなくなる」というリスクは常に意識する必要がある。自分自身の保有銘柄(SHLPH、CHP)の結果を見れば、その難しさは明らかだ。成長ストーリーを信じてホールドし続けた結果として、出口を失った銘柄がある。
フィリピン株への投資は、市場の構造と流動性リスクを正直に理解した上で、自分のリスク許容度と照らし合わせて判断することが重要だと思っている。
まとめ
フィリピン株の流動性が低い本質的な理由は「市場参加者が富裕層・外国人投資家に限られている」という構造的な問題だ。銀行口座保有率50%、証券口座保有率2.5%、リテール投資家の取引シェア16%という数字が、その構造を端的に示している。財閥支配による浮動株の少なさ、外国人保有規制、インデックス投資の選択肢の狭さといった要素も重なっている。
華やかな成長ストーリーだけを見て投資を判断するのではなく、市場の構造と流動性リスクを理解した上で投資判断をすることが重要だと思っている。
※この記事は2013年〜現在の体験をもとにしています。現在の状況は変更されている可能性があります。必ず最新情報をご確認ください。
※投資は自己責任でお願いします。